今回は、つくば市で義肢装具(※)の製作及び車いすをはじめとする福祉用品を販売している株式会社幸和義肢研究所をご紹介します。同社は、障害者や高齢者のトータルサポート企業を目指し、生活の品質向上に貢献すべく日夜研究に取り組んでいます。一人ひとりの患者様の要望に応じ、40年以上、義肢・装具の製作に携わってこられた横張和壽社長にお話を伺いました。
※義肢装具とは 義肢とは、外傷や病気などで手足を失った場合に用いる人工の手足のこと。主に義手と義足に大別される。装具は、外傷や病気のために四肢・体幹の機能に問題が生じた場合に使用される。目的は装具によって様々だが、病気やケガの治療を目的とするものや、後遺症により失われた機能を代償するために用いられるものがある。
見よう見まねでコルセットの製作に挑戦するが・・・
横張社長がこの業界に入ったのは、父が医療機器の販売を行っていたことがきっかけとなっています。戦後間もない頃、横張社長の父はハサミ・注射針・ガーゼなどの医療用品をバイクに積み込み、各地の病院を回っていたそうです。横張社長ご自身も、バイクにまたがった父の背中にしがみ付いていき、医師の病院に寝泊まりさせてもらったことなどを懐かしそうに語ってくれました。
この世界に入ったのは横張社長が20歳の時でした。父の事業を手伝い、各地の病院を回っていると義手や義足の修理をしてくれないかと頼まれることがありました。しかし、当時は県内に義肢の専門店はほとんど無かったため、自分でやってみようと思い立ったのがきっかけだったそうです。まずはコルセットの製作から試みましたが、医療に関する知識はもちろんのこと、まったく経験のない素人が始めてすぐに真似ができるほど甘くはありませんでした。
「そもそも医学用語が分かりませんから、医師に言われていることが何を指しているのかも分からない状態でした。怒鳴られることもよくありましたし、『横張さんの製品ではうちの病院の信用に関わるからもう来ないで欲しい』と言われたこともありました。そりゃ悔しかったですよ。」
転機が訪れたのは、横張社長が27歳の時でした。懇意にしていた材料仕入業者から、東京に義肢の研究をしている公立の機関があるという情報を耳にします。藁にもすがる思いで、その研究機関(東京補装具研究所)宛てに、義肢の製作に関する知識を学びたいという趣旨の手紙を送りました。
すると、その手紙がたまたま研究所の所長であった、同じ茨城県の出身の加倉井周一先生の目にとまったそうです。同郷のよしみでその後1年間、週1日だけ時間をいただいて義肢作りの知識・ノウハウを習得したそうです。横張社長は「このときの経験がなかったら今の自分はなかった」と振り返ります。
その後、患者様一人ひとりと何度も向き合い、満足してもらえなければ何度でも作り直す真摯な対応を積み重ねることで、医師から医師へ、また患者様から患者様へと評判が広がり少しずつ受注が増え始め、事業も軌道に乗ってきたそうです。
見て、触れて、体験できるショールム
現在の同社の本社兼工場の特徴は、義肢・装具・車いす・補聴器・靴など、あらゆる福祉介護用品が展示されたショールームを併設しており、その場で試着や試用が可能となっている点です。もちろん商品は既製品を使ってもらうのではなく、使う人に合わせたオーダーメイドを受け付けています。また、バリアフリーの館内には、型を採るための個室が用意されており、義肢を製作する患者様のプライバシーを守ることにも配慮されています。 現在、全国から優秀な社員を集め、13名の義肢装具士(※)を含む46人の社員を抱え、年間11,000人に上る患者様からの注文を受けています。義肢の製作も、近年は社員に任せることが多くなっているようですが、「どうしても横張さんじゃなきゃダメ」と社長を指名する患者様も多いといいます。
※義肢装具士とは 一人一人に適合した義肢や装具を製作するには、体の形状や寸法を記録する必要があるが、主に石膏包帯(ギプス包帯)などを使用して、立体的に体の型をとる方法(採型と呼ばれます)や、体の輪郭をトレースし寸法を記録する方法(採寸)がある。これらの型や記録された情報を基にして義肢や装具が製作される。 義肢装具は医師の処方により製作され、義肢装具士は、処方された義肢装具の採型・採寸ならびに適合・調整を行う国家資格を持った医療専門職のこと。
義肢の製作は使う人の人生と向き合うことから
横張社長は、患者様と向き合った際に、最初にその方がこれまでどんな人生を歩んできたのかを尋ねるのだそうです。
「私はまず、お客様がどんな仕事をしてきた人で、何が好きで、どんな趣味をお持ちなのかを伺います。なぜなら、義肢はほんの少しの違いが、装着した時に大きな違いを生じさせる繊細なものです。その人がどんな人生を歩んできたのかを知らなければ、本当に良いお客様にとって最適なものは作れないのです。」
横張社長によれば、例えば、活動的な人生を送ってきた人とそうでない人とでは、義肢を作る際に注意する点が大きく違うそうです。合わない義肢は、装着した人に苦痛を与えてしまうことになり、生活の範囲を狭め、ひいては人生を左右することにもつながります。同社では、それまで使っていた義肢よりも良いものが提供でき、「頼んで良かった、ありがとう」という言葉を一つの〝ゴール〟として設定しており、創業以来納得していただくまで作り直すというスタンスを貫いています。
「『義足がこんなに痛いものなら死んだ方がいい』とまでおっしゃっていたお客様が喜んでくれた時は本当にうれしかったです。お客様の人生を変えることこそが、自分のものづくりの信念です。」
と語っていました。
「福祉モール」の建設へ
横張社長は、「ただ正直に、目の前にいる人が求めていることに応えてきただけ」と話していましたが、一人ひとりの患者様に本当に合った義肢を作り続けることで磨き上げられた同社の技術は、今や海外の医療福祉機器メーカーからも注目を集めています。近年は、製品提供の依頼や技術提携の誘いも多く、医療福祉業界においては「幸和義肢研究所」という名称自体がブランド化しつつあります。
なお、同社は、平成23年10月の完成を目指し、つくば市大白硲に「福祉モール」の建設を計画しています。
「福祉モールは、本社と工場と展示場を合わせた施設です。展示場では世界中のトップクラスの福祉用品を展示し、実際に試用してもらうことで本当に気に入ったものを利用してもらうことを目的としたものです。多種多様な福祉用品を一か所に集め、しかも実際に試すことができる大型の施設はこれまでにありませんでした。」
患者様一人ひとりに合った最適なものを利用し、より豊かな人生を送って欲しいという横張社長の強い思いがかたちになりつつあります。
おわりに・・・
義肢を製作することは、患者様にとってはまさに自分の体の一部を再生させることと同義と言ってもよいでしょう。世の中には実に様々な製品を作り出している企業がありますが、これほどシビアな業種はないのかもしれません。他の製品は、無数の消費者がいる中で、ある程度のユーザーが納得し、購入してもらえればよいのに対し、同社の製品はただ一人の患者様が「合わない」と言えば、それは〝不完全な製品〟という烙印を押されてしまうからです。
横張社長の試行錯誤からスタートした同社は、今や究極の顧客満足を追い求める職人の集合体に進化しています。
横張社長は、患者様の「人生を変える」ことが信念だと語っていましたが、妥協を許さず、患者様をお客様と捉えるその精神は、福祉産業のあり方を変えてしまうかもしれません。
株式会社幸和義肢研究所の更なる発展に期待したいと思います!
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